生態適応グローバルCOE「環境機関コンソーシアム」について
 まず、生態適応グローバルCOE(GCOE)拠点リーダーの中静透教授、サブリーダーの河田雅圭教授から、GCOEやコンソーシアムの目的と活動が紹介されました。
 人間に恩恵をもたらす生態系サービスが今、気候変動と人間活動の影響によって低下していることが懸念されています。生態系や生物には、変化があってもそれに耐えうる頑健性や抵抗性、元に戻ろうとする安定性といった適応力が備わっているのですが、ある域を超えると生態系はガラッと変わってしまう、つまりレジームシフトが起こります。そこで、この閾値を下げない、あるいはうまく上げる努力が求められます。GCOEのコンセプトは、生態系や生物の適応力を維持・向上させることによって、生態系サービスを低下させないよう、さまざまな提案をしていこうというものです。その中で、このコンソーシアムは大学と行政、NGO、企業など、さまざまな立場の人々の情報共有や人材交流・育成などを実践する場として位置づけられています。
 
ミレニアム生態系評価の成果とサブグローバル評価によるフォローアップ
 国連大学副学長の武内和彦氏からは、2000年に当時のアナン事務総長が提唱した世界規模の生態系調査(MA)の紹介がありました。世界の英知を結集したMAにより、過去50年間における生態系の変化は、人類が誕生して以来の変化をも上回るスピードで起こっていること、そしてそれは人間に富と繁栄をもたらす一方、生態系サービスの著しい低下を引き起こしたことが明らかになりました。もし人類が現在のまま成長を続ければ、それ以上の劣化が予想されるということです。特に、我々は東南アジアやアフリカなど、開発途上地域における生態系サービスの劣化に目を向ける必要がある、とも指摘されました。
 武内氏は里山の研究者としても知られていますが、里山の例を挙げながら、生態系と人間活動の関係は決して単純ではなく、動的に変化しているということも語っておられました。里山における生態系と人間のダイナミズムはアジアにおいても応用可能であり、そうした知恵を持ち寄り、2010年に名古屋で開催予定の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)ではアジアの共通戦略を打ち出したいということです。
 結びとして、生物多様性や生態系がまだ市民の話題に上らない現在、このコンソーシアムに期待し、国連大学もぜひ恊働で研究教育や社会活動を展開していきたいと述べられました。
 
アフリカの現状と課題
 イギリス・ダラム大学生物・生物医学研究科講師のステファン・ウィリス氏は、気候と生物学的な変数に基づく数値的なアプローチによって将来の予測を行い、地球の気候変動を保存計画にどう盛り込むか、というテーマで講演されました。
 例えば、アフリカのある鳥類の保護区3か所では、鳥の生息地が北に移動しています。今後どうなるかシミュレーションすると、南に生息していた種は北部の保護区で保護されますが、もとの保護区が想定していた鳥と種が異なり、もともと北に生息していた種はさらに北に移動して、まったく保護されないことになってしまいます。現存する保護区でカバーできる場合も少なくないのですが、このような状況に対応するには、例えば飛び地になっている保護区間にコリドー(回廊。移動の通り道)をつくる、あるいは結合させるといったネットワークを考えること、管理も種の出入りを想定した適応型にすること、また現状の保護区で守りきれない種については新しい保護区を設置するか、最後の手段として個体群を引っ越しさせる必要があるということでした。
 気候変動による生息地の変化は、地域や季節によっても異なります。現在の静的なアプローチではなく、「動的」なアプローチが必要だというこの講演で、長期的かつ広範な視点から保護区を考える必要性があることに気づかされました。
 
アジアの現状と課題
 ASEAN生物多様性センター研究員のルシアン・ジル・マミット氏はまず、赤・黄・緑のカードを会場の一部の方々に配布し、気候変動についての意見を求めるという参加型の講演をされました。皆が気候変動を実感している、という事実ベースで進められたことで、会場は冒頭からマミット氏の話に引き込まれたようです。
 気候変動による海面上昇が30cm未満であっても、メコン・デルタ地域の6割から9割が水の中に沈んでしまう、という指摘がされました。50cm以上になると東南アジア地域の9割、50万人の人々が影響をこうむるそうです。ASEANに加盟する10か国のうち8か国は途上国であり、経済的・技術的に気候変動に適応しにくいのが現状ですが、一方で経済的には貧しくても、この地域は自然資源の面では豊かなところです。その東南アジアの生物が今、深刻な状況にあるのです。この指摘は、アジアにおいて日本のリーダーシップが強く望まれていることを示唆するものでしょう。
 生態系と生物多様性の保全と持続可能な利用、そして生態系の回復力保全こそが、気候変動に対する最善で最もコスト効率の良い防衛策であると氏は強調されました。さまざまな生物のスライドを映しながら、マミット氏が述べた「この脆弱な『声なきマジョリティ』のパートナーになることが大切」、という言葉が非常に印象的な講演でした。
 
日本の現状と課題
 生態適応GCOEの拠点リーダーである中静透教授が行った講演は、環境省の地球温暖化影響・適応研究委員会における話題を中心とした内容でした。高山植物の減少やナラ枯れの北上、海洋では南方系の種が増えるなど、委員会でリストアップされた影響は、すでに現実に見られているものです。我々は単に絶滅種が問題だと叫ぶだけでなく、この影響が人間の生活に必ず戻ってくることを知り、適応を考えなければいけない時に来ています。
 このような状況で、人間社会がどう適応していくか、同委員会では効果的・効率的な「賢い適応」が必要と結論し、技術・政策・社会経済それぞれの面から考える必要があるとしました。賢い適応策としては、人為的影響の最大限の排除、関連する法制度の整備、人材の確保、社会システムとしての合意形成など、やるべきことが山積しています。
 私たちは適応力の強いシステムに対し、まだ理解が不十分である、と中静教授は言います。短期的利益や効率の重視、対症療法的な対応、多様性や特殊性・固有性よりも均一性、地域より中央集権、と現代を端的に表す教授の言葉に、それらが生み出した歪みを考えずにはいられませんでした。「このGCOEでもう一度、生物、生態系の適応力の利用法を皆で真面目に考えていく場をつくるべき」……中静教授はそう語って前半を結びました。
 
パネルディスカッション
 後半は、コンソーシアムの発起人に名を連ねる4名の方々をパネリストに、ディスカッションが行われました。ファシリテーターは、企業と生物多様性イニシアティブ事務局を務める株式会社レスポンスアビリティ代表取締役の足立直樹氏です。

 パネリストは、行政の立場から環境省自然環境局 生物多様性センター センター長の鳥居敏男氏、NGOとして国際環境NGOバードライフ・インターナショナル 副会長の市田則孝氏(コンソーシアム発起人代表)、企業の立場から株式会社リコー 理事/技師長/社会環境本部本部長の谷達雄氏、そして研究者の立場から東北大学大学院生命科学研究科 教授の中静透です。ディスカッションでは、具体的な目標設定とその達成プロセスのあり方、アジアの一員としての日本のアプローチや経済的側面への考慮、そしてコンソーシアムやGCOEに対する期待などについて、それぞれの立場から活発な意見交換がなされました。

 
 会場には、院生の方々も数多く参加され、ある博士課程の方は日本ではまだ基礎研究が遅れていると感じ、よりいっそう努力しなければならないと語っていました。また、NGOの活動など現場の話を耳にし、活動をリアルに理解することができたという声や、実際に活躍している人を目の当たりにして将来に光が見えた、というコメントもありました。GCOEに期待する一般市民の方も含め、このコンソーシアムで、異なる立場の方々がそれぞれに何かを得られたのではないでしょうか。